メニュー

学校紹介

学校の歴史

学校の歴史
明治6年4月21日
村人の願いから苦労の末、学校開校が決まる
4月22日は玉泉寺にて稽古始めがされた。
校名も豐秋黌と名付けられた。
豐秋黌には川辺、弥勒、安倍川、中原、中野、中島、西島、西脇、中村、稲川の地域が通い、後に馬淵、見瀬、上島、寺家の4か村からも入門してきた。

明治6年11月30日
豐秋黌の初代校長に久保 侗(おろか)先生を迎える。

明治7年2月25日
玉泉寺が狭いため裏へ校舎を新築することが決まり、新校舎へ移転した。
生徒72名。

明治7年12月2日
生徒の数が増え始め、寺、新校舎とも収容がむずかしくなり、現在の場所に学校を作る計画が持ち上がり、苦労の末落成を迎えた。建築金はすべて地元負担、589円50銭4厘と記録に残る。

明治11年5月
校舎が新築、県小学校校則、教則が制定され修業年限が4か年とされた。
10月30日には新しい豐秋黌に縫裁学校が開設された。

明治13年12月
政府は教育令を改正し豐秋黌も中原尋常小学校と改称

明治22年4月
大里尋常小学校と改称

明治31年4月
高松下島に大里東尋常小学校設立にあたり、大里西尋常小学校と改称、修業年限2か年の高等科を設置したため、大里西尋常高等小学校と改称する。

昭和4年3月
大里村が静岡市に編入され、静岡大里西尋常小学校と校名を変更

昭和16年4月
学校令改正により静岡市大里西国民学校と改称

昭和20年6月
戦災により本校舎955坪をはじめ一切を焼失する。

昭和22年4月
学校改革により静岡市立大里西小学校と校名を変更、高等科は新制中学として独立し静岡市立大里中学校に編入する。

昭和27年10月
校旗制定、創立80周年記念式典を行う。

昭和35年6月
火災により普通教室、作業室を焼失する。

昭和38年12月
校地を拡張する(980坪)

昭和49年3月
体育館竣工落成する。創立100周年式典を行う。

昭和52年3月
昭和51年6月に木造校舎撤去後、南校舎鉄筋3階が完成する。

平成12年3月、7月
プール全面改修工事完了
運動場全面改修工事開始、平成13年2月終了

平成15年4月
この年から前後期の2期制がスタート

平成17年3月
丸子池田線開通に伴い学校東側に歩道が設置される

平成17年7月

西トイレ男女仕切工事完了

平成17年8月
プレハブ校舎(印刷室、更衣室、作業室、図工室)完成

平成17年11月
第3回豐秋黌祭

平成18年11月16日
県学校保健会より学校歯科保健優秀校として表彰を受ける

平成18年12月

第3回豐秋黌(ふれあい活動・学習発表会)

平成19年2月13日
体育館東側駐車場アスファルト舗装

学校紹介

2019年01月



12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031








今日は・・・

・7組と欠席児童 発育測定   ・5年生3、4、5組 社会科見学(あさひTV) お弁当

アクセス